無料ブログはココログ

文明の行方

  • 00000149_039
    パパラギ

自然写真

  • 朝寒のミンミンゼミ
    人間の力を超えた存在の写真を目指して

« 「彼らが夢見た2000年」の夢は・・・ | トップページ | »

2014年8月 4日 (月)

「彼らが夢見た2000年」の夢は 2

「彼らが夢見た2000年」の夢は 2

人類発祥の地へ

  ―原風景を求めてー

 なぜ、人間に自然は必要なのか」、上高地スカイライン建設をすすめていた村長

さんの質問に答えられなくて、ついに研究にはまりこんで45年。

 1972年から3年間の視環境調査から、人類に共通して好まれる風景が、どうやら尾

瀬や高山植物帯、ブナ林、農用林、水田、海岸のような「見通しのよい草原・疎開

林型の自然」らしいとわかってきました。

 では、なぜ、サバンナのような草原・疎開林型の自然が共通して好まれるのか。

 もしかしたら、森林の樹上生活から草原に出た人類の祖先が、はじめて立ち上がっ

た時に目の当たりにした風景だったからではないのか。

 そんな仮説を長い間心に抱きながら、ほんとかどうか、死ぬまでにはサバンナを一

度見ておきたいと、「ライオンに襲われない?」とか「人食い人種は?」と尻込み

する「神サン」を説得して、東アフリカの大地溝帯とサバンナの大草原を目指しました。

 1 大草原の大きな島

 ケニヤの11月は乾季に入り、雨雲と草を求めてヌーの大群が南のタンザニアに

大移動することはテレビでもおなじみの光景。

 

そのころのタンザニアは小雨期のはじめで、いうなれば新緑の季節

 06年の12月の暮れは雨が多く、豪雨をついて、ヌーの大群をおしのけてセレン

ゲティー国立公園の大草原に入ったのはいいが、サバンナにも川があります。

 大雨が降って増水し、道路は水没。陸の孤島に取り残されることになりました。

 幸い、増水も早いけど退くのも早く、サバンナの大草原と疎開林を堪能するの

に支障はありません。

 夢にまで見た360度新緑の大草原は、たしかに地平線が丸く見えます。

 やや低いところには疎開林のアカシアが武蔵野のケヤキそっくりに立っている。

 いつか、どこかで見たことのある風景です。

 

Dsc_0114_015


かつて、霊長類学者の河合雅雄さんが「サバンナは、不思議なことに、初めて見たのに懐かしい風景だった」と、私の仮説にエールを送ってくれたことを思い出します。

 人類の祖先もこんな風景を見ながら進化したのだろうか。

森林の樹上から、なにかの事情があって草原に進出した人類の祖先になったつもりで見回してみました。

 草原で直立2足歩行をしたのはよく分かります。イネ科を主とした草原では、外敵

いち早く発見したり、餌を探すには、草丈より目を高くする必要があります。

 そういえば、シマウマもヌーもインパラもガゼルの仲間も首を伸ばせば目は草

より高くなっていて外敵の接近を知ることが出来ます。

 草に隠れて近づくヒョウやチーターも、獲物を見つける時は見通しが必要なの
か、蟻塚に上がったり、なんと前足をアカシアにかけて立ち上がります。

 チンパンジーも草原に出るときは立ち上がって様子をうかがいます。

 草原で立ち上がるのは、生きていく上で不可欠なことが実感出来ます。

 数百万年前、人類の祖先が直立二足歩行を進化させたのは、サバンナのような環境

だったのは確かなようです。

 だが、なぞは残ります、人類の祖先は、多くの類人猿のように樹上生活者だったは

ずです。

 どうして、決して不都合でもなかった木の上から、危険な草原に降りてきたのか。

 樹上から地上に降りなければならない特別の事情でもあったのでしょうか。

 その謎に挑戦するため、アフリカ東部に南北に雁行して2本、計数千キロにわたるという地球

の裂け目の大地溝帯のうち、エチオピアからタンザニアに至る東部地溝帯を越えて、タンザニ

アから戦乱のソマリアに近いケニアのサンブル保護区に向かいました。

« 「彼らが夢見た2000年」の夢は・・・ | トップページ | »

文明」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 「彼らが夢見た2000年」の夢は・・・ | トップページ | »